国立大学法人筑波技術大学 筑波技術大学は視覚障害者・聴覚障害者のための大学です。

学部・大学院

清家 順さんからのメッセージ

1. 情報アクセシビリティ専攻入学のきっかけを教えてください

2013年の11月にFacebookに流れてきた友人の投稿「筑波技術大学が情報アクセシビリティ専攻の修士課程をつくる。情報保障学の修士が取れる。」がきっかけです。

私は2003年から、自身が代表を務めるウェブアクセシビリティのコンサルティング会社で活動していました。この会社はパートナーの失明をきっかけに立ち上げたものです。 そのため、提案の考え方や制作手法が、全盲の方への配慮に偏りがちではないかという懸念を感じ始めていました。

アクセシビリティに関する取組を続ける中で、規格や仕様に書かれている事項の理解は深まりましたが、全盲以外の利用者・利用環境について広く深い学びを得たいという思いが強くなっていました。 そんな状況で目にしたのが、筑波技術大学の情報アクセシビリティ専攻開設についてのお知らせでした。

調べてみると、案内の冒頭には「日本で唯一の『情報保障学』が学べる大学院」と謳われていました。 また、他の専攻とは異なり健常者が入学できることもわかりました。 見えてしまっている私が、さまざまな見えなさの中に身を置ける環境は最適な学びの場であり、携わる障害者支援の考え方も最適なものになるだろうと興奮したことを覚えています。

発表中の様子清家 順さん

2. 研究活動はどのようなものでしたか?

私の在学時は、公的規格「JIS X 8341-3(正式名称:高齢者・障害者等配慮設計指針-情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス-第3部:ウェブコンテンツ)」の改正原案を作成する時期と重なっていました。 私はその改正メンバーの一人でした。その作業過程で技術面の文書を読み込む機会が多かったので、情報アクセシビリティ専攻での研究は、「技術」でなく「人」に寄り添った検証ができればと考えていました。 たとえば、障害特性を踏まえたより望ましい実装方法や、実際に使用されている支援技術とのバランスなどの検証を想定しました。

まず、規格のどこに目を向けるべきか、利用者のどの感覚に鋭敏になるべきか、そもそも利用者とは誰かなどについて担当教官と議論しながら関連規格の調査を進めました。 1年次の中間発表では「視覚障害者の利用特性に配慮したウェブサイトの研究」と焦点がしぼれずにいたところ、規格に書かれている内容のエビデンスにも目を向けるよう指導いただきました。 それから、ロービジョン者それぞれの見え方が大きく異なる状態に対して、規格に示される基準の妥当性に疑問が生じ、研究テーマが定まっていきました。

入学前に「全盲への偏り」を懸念しながらも、ロービジョンの見え具合に目を向ける余裕がなかったことを意識させられました。 また規格の根拠にも敏感になり、見識の甘さを感じました。 深めがいのある新たな視点に導いていただき、とてもありがたかったです。

3. 在学中のエピソードなどはありますか?

ある時、聴覚障害者(天久保の学生さん)の飲み会に参加させてもらったんです。 考えてみれば当たり前なのですが、その場ではみなさん手話でコミュニケーションをとるわけです。 私は、「おはよう、ありがとう、おつかれさま」ぐらいしか手話を知りませんから、そこでみなさんが何を話しているのか見当もつきません。 持参した小さなホワイトボードを使って話に入ってみようと思うのですが、流れに乗れませんでした。 食べたいものすら伝えられなかった記憶があります。

これは健聴者がマイノリティになれた貴重な経験でした。 情報保障がいかに社会的自立・参画に重要であるかを身をもって体験できました。

4. 情報アクセシビリティ専攻だからこそ得られたものは?

春日・天久保の両キャンパスにまたがる専攻の設置と健常者の入学、筑波技術大学にとってはどちらも初めてだったと聞いています。 その初めての場にいたことがポイントだったのではないかと思います。 初年度の学生5人は、聾、難聴、全盲、晴眼、健聴と、障害の種類や程度がみんなバラバラだったんです。

障害者と健常者がともに学ぶとき、教官から学生への一方向の伝達で済めばよいかもしれません。 ですが、大学院では教官と学生、学生同士が議論することが不可欠です。 そこに、我々5人はみんなバラバラというわけですから、それぞれが使える感覚や技能を意識し、駆使して、どうにか相手に伝えよう、相手の言っていることを知ろう、感じようと頭の中はいつもフル回転でした。

先ほど、一方向の伝達で済めばよいと言いましたが、実際にはそうではない場面もあって、講義そのものが情報保障の学びにもなっていました。 講義内容は、視覚障害学生に対しては板書の内容を発話し、聴覚障害学生に対しては手話やパソコンテイクなどで情報保障がされていました。 ですが、教室の外から突然音が聞こえたり、遠隔の通信トラブルなどで誤りが生じたりもします。 そんなときはお互いが情報を補いあっていました。 誰が誰に何をどんな方法で、どの程度の詳細度で伝えるのが現実的かを瞬時に実践する必要があり、刺激的な時間でした。

5. 現在の職業と研究活動との関わりは?

業務内容は入学前と大きく変わっていません。 当社の主な顧客は地方公共団体ですので、民間と比べると障害者差別解消法やJIS規格への意識が高いという特徴があります。 ただ、その意識が高いばかりに、規格に沿うことが唯一の正解と解釈してしまうケースが少なくないと感じています。

ルールに沿うのは大切だと思いますが、そのルールは誰のために何のために定まったものなのかを考えると、正解にも幅があり、不正解でも状況によって許容すべきケースがあるのだと言えます。 そう断言できるのは、2年間の情報アクセシビリティ専攻での研究を通じて、平等とはなにか、対象にとっての困難の解消とはなにかを考え抜いた成果なのだと確信しています。

6. これから情報アクセシビリティ専攻で学ぶ人たちへ、メッセージをお願いします。

テクノロジーや法律が障害者の暮らしを豊かに変えつつあります。 でも、多くの人の意識の中には「障害者」と「健常者」の隔たりが歴然と存在していると思います。

情報アクセシビリティ専攻は、障害種別による隔たりをなくした唯一の専攻です。 そこに集う人間もそうであれば、学問や研究を通して、またその結果として、「誰もが普通」という認識や感覚を養う場ではないかと思います。 特別な誰かに対する特別な措置ではなく、個々の特性に応じた自然な支援がお互いにできる。 そんな後輩がたくさん生まれたらとてもうれしく思います。

会場の様子