学部・大学院
矢野 羽衣子さんからのメッセージ
1. 手話言語の研究活動を始めたきっかけを教えてください。
瀬戸内海に浮かぶ愛媛県大島出身で、祖父母・両親を含む家族全員がろう者です。 地元では聴者ろう者関係なく、現地の手話「宮窪手話」を使うのが当たり前という環境の中で育ってきました。 しかし、当時は「宮窪手話」が日本のろう者のコミュニティで広く使われている日本手話とは異なる文法や語彙体系を持つということはほとんど知られていませんでした。 ゆえに「これは手話じゃない。でたらめだ」「ホーム・サインというもので、言葉とは言えない」等、何度も心ない言葉をかけられ、その度に私たち家族は深く傷ついていました。 「宮窪手話」も日本手話と同じ言葉だということを証明したい、そして「宮窪手話」を通して様々な手話についてもっと深く知りたいと思うようになり、研究活動を始めました。
2. 「宮窪手話」について、もう少し詳しく聞かせてください。
愛媛県大島の宮窪町で生まれた手話のことで、きこえる人もきこえない人も関係なく誰もが使用してきました。 宮窪町は、他の地域と比べてろう者の比率が多く、きこえる人もろう者と一緒に生活する中で、自然に「宮窪手話」を覚えていきました。 数の数え方や時の表し方など、他の手話言語には見られない特徴を持っています。 例えば、数の数え方は頬に手を当てるのが特徴で、日本手話と比べると手の形がシンプルなのです。 言い換えれば、「宮窪手話」は宮窪の人たちのアイデンティティを支える、かけがえのないものでもあるのです。
3. 情報アクセシビリティ専攻を選んだ理由はなんですか。
「宮窪手話」をはじめ、様々な共有手話などについて研究しながら、他の研究者と一緒に言語学の勉強をしてきましたが、言語学の基礎や研究手法を一から学びたいと思い始めるようになりました。 情報アクセシビリティ専攻にある手話教育コースでは、手話言語学や手話言語に関する研究手法等について専門の知識を有し、自分と同じくろう者である教員をはじめ、手話ができるきこえる教員から直接手話で学べることを知り、受験を決めました。
4. 研究活動はどのようなものでしたか
不就学ろう者の手話表現について研究していました。 鹿児島県奄美大島出身のろう者に会うために、現地へ向いそのろう者の手話表現の収録とデータ分析を行いました。 手話言語生成過程において、すでに存在する離島の身振りシステム、宮窪手話、日本の手話との比較を行ったところ、奄美大島出身のろう者の手話表現は「家庭手話」段階と「共有手話」段階の中間に位置づけられることを確認することができました。 また、埼玉にある高齢の聴覚障害者のための特別養護老人ホーム「ななふく苑」を何度か訪問し、不就学ろう者たちの手話表現についても調査研究を行いました。 他にも、兵庫県淡路島にある聴覚障害のある高齢者のための特別養護老人ホーム「淡路ふくろうの郷」が発行しているふくろう学び合い文庫「黒崎時安氏 人生を語る(DVD解説冊子付)」に何度も目を通し、黒崎さんの手話語りから手話表現はもちろん当時の社会的情勢やろう者の生活などについても分析を行いました。 また、在学中に日本言語学会で「宮窪手話」に関する研究に関する発表賞を受賞することもできました。
日本言語学会受賞時の写真(日本言語学会提供)
5. 情報アクセシビリティ専攻だからこそ得られたものはなんだと思いますか。
言語学に関する知識はもちろん、ろう者学(デフスタディーズ)や聴覚障害学(旧優生保護法、優生学など)について、専門的なことを学ぶことができました。 大杉豊教授からは、奄美大島におけるホームサインの発展過程における研究手法について、直接手話で学ぶことでより深く理解することができました。 また、ゼミでは同じゼミ生や先生たちの前で、研究内容を発表したり議論や討論を重ねることで、課題を発見する力や調査方法についてより深く学び、自分も成長することができました。 自分以外のろう者のゼミ生からは、時には忌憚のない意見ももらいましたが、返って刺激的で励みにもなりました。 このような経験は、現在も手話言語に関する研究活動に関わる中で大いに役立っています。
6. 情報アクセシビリティ専攻での学生生活を振り返って。
自分のようなろう者もいれば、きこえる人もいる、大学院に入るまでの環境やコミュニケーション手段、考え方も様々で、特に院生室では多くの時間を一緒に過ごす中で良い意味でたくさんの発見や気づきを得ることができました。 時々、ろう者ならではの文化、きこえる人ならでの文化の違いからくるズレに、お互いに最初は驚きながらもその場で話し合うことで、それぞれの文化について自然に理解し合うことができました。 普段の何気ない会話の中で、ろう者ならではの視点や持ち得る情報、きこえる人ならではの視点や持ち得る情報、それぞれの視点や情報を共有しあうことで、新たな知見を得る機会もたくさんありました。 また、時々院生同士で勉強会を開催し、それぞれの研究進捗状況を情報共有し合ってきました。 自分の研究活動を進める中で大いに役立ちましたし、時には励まし合うことでもっと頑張ろうという気持ちになれました。
7. 現在の活動と今後の夢や目標について教えてください。
関西学院大学手話言語研究センターにて客員研究員として、手話言語に関する研究活動を続けています。 今後も、大学院時代の研究活動を活かし、不就学ろう者の手話言語についてより多くの手話表現のデータを収集し、手話言語の生成過程について調査研究していきたいと思っています。 故郷の手話でもある「宮窪手話」をはじめ、不就学ろう者の手話や共有手話などを守り、継承していくと共にこれらの手話の価値をより多くの人々に知ってもらい、次世代に伝えるべく、引き続き研究活動をしていきたいと思います。
また、明晴学園でも非常勤のスタッフとして、ろうの子どもたちにいろいろな手話表現などを教えています。 子どもたちも、親がろうであったりきこえていたりと手話表現やコミュニケーション手段も多様です。 早い時期にいろんな手話表現に触れてもらうことで、子供の心理発達にも良い影響を及ぼすのではないかと考えています。 今後、ろうの子どもたちの言語発達に関する研究にも関わる予定でいます。 このような研究活動を通してより多くのろうの子どもたちが自分らしく生きられる社会づくりに貢献できればと思っています。
8. これから情報アクセシビリティ専攻で学ぶ人たちへメッセージをお願いします。
前述の通り、多様なバッググラウンドを持つ人たちが集まってきています。 手話言語学やろう難聴(聴覚障害)のこと、ろう者学や聴覚障害学について、学びたい人にはオススメです。 知識として知っているのと、実践するのでは大きく違います。 情報アクセシビリティ専攻はまさに学びはもちろん実践の宝庫だと思いますし、実際に現場で見て体験して、いろんな人たちと出会うことで、自分がこれまでに持っていた世界観をグンと広げることができると思います。
2021年3月20日 慶應義塾大学で開催された手話言語学コロキアムで講演している様子