研究・産学連携
vol.4:気象庁との連携による教育研究活動(2023.10.1)
2023年3月に東京管区気象台・水戸地方気象台・筑波技術大学で連携協定を締結しました。この協定は、防災分野における要配慮者対策の推進による地域防災力の強化及び多様性に富む地域社会の形成・発展に寄与することを目的としています。
協定締結前に実施したものも含め、これまでの連携による教育研究活動について紹介します。
「津波フラッグ」に関する検討
気象庁が津波注意報・警報及び大津波警報を発表した際、海水浴場を利用している聴覚障害者にこれを視覚的に伝える手段が必要です。しかし、2019年に気象庁が行った調査の結果では、視覚的な手段を用いて伝えている自治体は少なく、また、その方法も赤い旗や橙の旗などさまざまであり、統一されておりませんでした。海岸付近では風や波音の影響で音による伝達が聞こえにくいことがあり、特に遊泳中は緊急速報メール等の受信機器を携帯していない場合が多いため、視覚的伝達手段を定めて普及することは、聴覚障害の有無に関わらず急務でした。
そこで気象庁は2019年10月に「津波警報等の視覚による伝達のあり方検討会」を立ち上げ、津波警報等が発表された際に海水浴場においてこれを視覚によって伝える手段に関する検討が行われることになりました。当検討会において本学は、旗の候補案の選定や、気象庁主催の海水浴場における旗による伝達の有効性検証への参加、旗の掲揚画像を用いた聴覚障害者対象のアンケート調査、色覚特性のある人対象のアンケート調査などの協力をしました。
そして当検討会は、さまざまな調査結果を踏まえて、海岸で目立ちやすく、周囲と見分けやすく、また外国人への伝わりやすさも期待できる旗として、「U 旗のような赤と白の格子模様とする」ことなどを提言しました。気象庁は当検討会の提言を受け、2020年6月に規程類(「気象業務法施行規則」及び「予報警報標識規則」)を改正し、津波警報等の視覚による伝達に「赤と白の格子模様の旗」を用いる旨を規定しました。そして、この旗を「津波フラッグ」と呼び、全国的な普及が図られることとなりました。「津波フラッグ」の表す意味が広く認知され、聴覚障害者に限らず、より多くの人々の避難誘導に役立つことが期待されます。
※津波警報等の視覚による伝達のあり方検討会 https://www.data.jma.go.jp/eqev/data/study-panel/tsunami-shikaku/tsunami-shikaku.html
「津波フラッグ」による津波警報等の伝達に関するガイドライン,気象庁,2020 https://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/tsunami_bosai/img/guideline_tsunami_flag.pdf
気象庁要配慮者対策係による聴覚・視覚障害学生への講演と意見交換
気象庁の業務に関する理解促進と障害当事者の意見を収集することなどを主な目的として、東京管区気象台の要配慮者対策係による講演と意見交換会を開催しています。前半に気象庁の業務や要配慮者への取組について講演して頂き、後半に津波フラッグの効果的な周知方法や緊急記者会見時の改善、気象庁から欲しい情報と伝達方法、その他気象庁に望むこと、などに関する意見交換を行っています。これまでに聴覚障害学生とは2022年7月と2023年7月に開催し、視覚障害学生とも2023年1月に開催しました。
参加した学生のレポートでは、「気象庁は、天気だけでなく、災害から未来の私たちの生活を守る役割も担っているということがわかった」、「(記者会見において)マスクを透明マスクにしたり、手話通訳をつけたりするだけでなく、今回の意見交換会のように耳の聴こえない人など様々な人の声を聞いて、誰が見ても分かるように、より改善していきたいという気持ちが伝わり、さらに嬉しく思った」、「他学生の意見交換を聞いたことも含め自分の災害に対する意識をもっと高める必要があると感じることができた。(中略)気象庁だけではなく必要なところに対して自分が求める配慮を適切に伝える力が必要だと学んだ」など、新たな学びと、感謝の気持ちと、今後への意欲に関する記述がみられました。
気象庁と筑波技術大学の合同で防災に関する講演
聾学校等において、合同での講演会を開催しています。2023年2月に東京都立葛飾ろう学校において初回を開催し、2023年度も複数の聾学校での開催が予定されています。
講演は二部構成で、第一部は気象庁の要配慮者対策係による地域の防災全般に関する内容で、第二部は本学が担当し、津波フラッグの紹介を中心とした内容を基本としていますが、講演内容や対象学年、開催時期等は各聾学校と相談して調整しています。聾学校、気象庁、筑波技術大学をオンラインで繋いだ開催も可能です。
※東京都立葛飾ろう学校における講演に関する記事 http://www.tsukuba-tech.ac.jp/topics/2023/02/28000895.html
様々な連携事業を通して
「津波フラッグ」に関する検討は、聴覚障害者をはじめとした多くの人々の避難誘導に関わる事業でした。また、意見交換において出された意見の一部は、既に業務に反映して頂けたこともあるそうです。2023年11月には、水戸地方気象台における見学と意見交換も計画されています。
これらのことは、連携協定の目的のひとつである防災分野における要配慮者対策を推進するのみでなく、関わった学生にとっての学びも多く、また自己効力感を高める貴重な機会にもなっています。自らの意見が採用されるということは、その意見に大きな責任を伴います。このような経験を重ねることで、聴覚障害者を支援する制度や技術が構築される際に、積極的に責任をもって貢献できるような専門知識と発言力を備えた学生が育つことを期待しています。
(産業技術学部総合デザイン学科 教授 井上征矢/2023年10月1日)