国立大学法人筑波技術大学 筑波技術大学は視覚障害者・聴覚障害者のための大学です。

研究・産学連携

vol.7:中途視覚障害当事者からみた分離的な場の意義―障害者同士が集まる場がもたらすもの―(2025.1.6)

 中途視覚障害者にとって、障害者同士が集まる「分離的な場」の存在が、受障後の前向きな心理的変容や受障後の社会復帰に大きく貢献していることを見いだしました。障害の有無に関わらないインクルーシブな社会の実現のためには、分離的な場の果たす役割への理解も重要であることを示しました。

 中途視覚障害は、発生頻度が少ないという視覚障害そのものの特性に加え、その多くが進行性の疾患によるものであり、見え方を理解してもらうことが難しく、周囲から誤解されやすい障害種とされています。日本では多くの中途視覚障害者が、障害の受障後、視覚特別支援学校で社会復帰を目指しています。
 障害のある人々が集まる場所は「分離的な場」といわれています。このような場は、障害のある者も障害のない者もともに社会に参加するインクルーシブな社会の実現において、しばしば批判の対象となっています。視覚特別支援学校もまた、視覚障害当事者が集まることから、分離的な場としての側面を持っています。
 インクルーシブな社会の実現は、障害の有無に関わらず、すべての人が互いに個性や特徴を認め合い、一緒に活動する上で重要です。しかし、最近の研究では、障害当事者に対する支援のないまま、インクルージョンの実装により場所の統合が図られた結果、より深刻な生きにくさを抱えて暮らす障害当事者やその家族が存在している現状もあり、分離的な場が失われたために負の側面が生じることも報告されています。そのため、分離的な場の積極的な意義についても検討する余地がありました。
 そこで、私たちの研究グループでは分離的な場の側面を有している視覚特別支援学校に焦点を当て、量的研究と質的研究の結果を統合する混合研究法というデザインに基づき、分離的な場が中途視覚障害者に与える意義について研究を進めてきました。

(1)量的研究

 全国的なアンケート調査を実施し、職業課程に在籍する中途視覚障害者255人を対象に結果の分析を行いました。
 分析の結果、視覚特別支援学校の入学により、中途視覚障害者が自分自身をポジティブに捉え、心理的な回復と成長を遂げていることや、人との関係性を良好に保つためのスキルが向上していることが明らかになりました。これらの要素やスキルは、中途視覚障害者が障害の受障後に社会復帰や社会参加を果たしていく上で重要といわれているものでした。
 そこで、視覚特別支援学校への入学により、社会復帰に重要となる要素の獲得がどのようにして達成されたのかを解明するために、混合研究の後半として質的研究を行いました。

(2)質的研究

 質的研究では、21人の中途視覚障害者に対しインタビュー調査を実施しました。インタビューでの発言内容を分析した結果、視覚特別支援学校への入学により中途視覚障害者に生じた心理的変容やスキルに関して、視覚特別支援学校が有する分離的な場としての2つの特徴的な機能が、その誘発や育成に大きな貢献をしていることを見いだしました。
 第1は、同じ境遇の中途視覚障害者や、年齢、障害の程度の異なる多様な視覚障害当事者が集まり、視覚障害が低発生頻度障害であるがゆえに出会いにくい同じ境遇を有する当事者同士を出会わせていたことです。また、彼らが相互に助け合い、協力し合う場所でもあり、他者のために努力し、ときに他者のロールモデルになる経験ができる場所となっていました。
 そして第2は、見えにくさに配慮した授業やクラブ活動などの教育活動が展開されており、拡大教材・支援機器の利用や、鍼灸マッサージという職業を知る機会になっていたことです。このことが、見えにくさが徐々に進行し、制約が少しずつ拡大していく状況にある当事者たちを受け止め、新しい目標を発見し、自信を与える場所としての機能につながっていました。
 これらの機能はいずれも、障害者が集まる分離的な場の特性に基づくものであり、中途視覚障害者が障害の受障後に心理的な変容を果たし、社会復帰を遂げていく上で、分離的な場の果たす役割も重要であることがわかりました。

(3)今後の展望

 インクルージョンの理念を実装して行く中で、障害のある人たちが集まる特別な場は批判されがちですが、分離が必ずしもすべてに悪影響を及ぼすとは限りません。今後、分離的な場に対する画一的な批判的主張に問題を提起し、こうした場の重要性についても、柔軟な理解を促していきたいと考えます。


参考論文

1) Matsuda, E., & Miyauchi, H. (2023). Social capital and posttraumatic growth of students with acquired visual impairment in Japanese schools for the blind. Education Sciences, 13(3), 256-268.
2) 松田えりか・宮内久絵(2024)職業的自立を目指す中途視覚障害者のソーシャル・キャピタルとコミュニケーションスキルとの関連ー視覚特別支援学校職業課程在籍者に対するアンケート調査からー.職業リハビリテーション, 7(2), 2-9.
3) Matsuda, E., & Miyauchi, H. (2024). Aspects of social capital at schools for the blind focusing on the size of school. The Educator. (in press)
4) Matsuda, E., & Miyauchi, H. (2024). The meaning of segregated placements from the perspectives of people with acquired visual impairment: Focusing on posttraumatic growth and Japanese schools for the blind. British Journal of Visual Impairment. doi.org/10.1177/02646196241283527


(保健科学部保健学科鍼灸学専攻 助教 松田えりか/2025年1月6日)