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- 2026年11月02日
- 茨城論壇
茨城論壇に学長の連載が掲載されました(9回目)
2026年9月12日 土曜日、茨城新聞「茨城論壇」にて石原学長の連載9回目の記事が掲載されました。
次回の掲載は11月14日 土曜日の予定です。
掲載された記事を以下に転載しています。ぜひご一読ください。
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昨年の論壇において、筆者は「障害は個人ではなく社会の側にこそ存在する」という障害の社会モデルを提示しました。今回はさらに一歩踏み込み、私たちの内なる意識に潜む「障害観」について考えてみたいと思います。その手掛かりとして、私自身の幼少期の体験をひもときます。
私の父は生涯をろう教育に捧げた人物で、私はろう学校の官舎やその周辺で育ちました。日常的に同校へ足を運び、聞こえない子どもたちと遊ぶ日々が当たり前にありました。補聴器の普及途上であった当時、音声言語による意思疎通は困難だったはずです。しかし不思議と記憶の中に「ことばの壁」としての不自由さは残っていません。幼児期の遊びにおいて、既成の言語体系は必ずしも必須ではないのでしょう。いさかいが起きれば、手話ともジェスチャーとも言えない固有のサインで感情をぶつけ合いました。今、そのサインを私と同世代のろう者に紹介すると、意味が通じます。
こうした環境の中で、私は周囲の「聞こえる子」と「聞こえない子」の違いを認識しつつも、そこに「障害」という境界線を見いだすことはありませんでした。むしろ、外の世界の視線にこそ強い違和感を覚えたものです。街の理髪店などで父の職業を問われ、「ろう学校の教員」だと説明すると、大人たちは一様に「偉いお父さんですね」との反応。これにはかなり違和感がありました。小学校3年生くらいになると説明が面倒なので、中学校などと曖昧に答える。子どもなりの防衛策であったと思います。
興味深いのは、同じ私が、自身が通う小学校の通常学級にいた歩行困難や知的発達に遅れのある同級生に対しては、世間一般の言う「障害」に近い認識を抱いていた点です。耳の聞こえない友人には障害を見いださない一方で、他の心身の特性には明確に障害を意識する。この非対称な捉え方の差異こそが、多分に個人の生育環境や経験の偏りによって形づくられたのだと思います。その後青年期に出会ったろうの友人たちとの交流の中で、彼ら、彼女らが社会の中にある壁に対峙(たいじ)していることを知りました。
障害の本質が、医学的な個人の不全(医学モデル)ではなく、障壁を生み出す社会構造(社会モデル)にあることは論をまちません。しかし、それ以上に根深く、そして流動的なのは、私たち一人一人の精神の内に澱(おり)のように存在する障害観そのものです。それは決して固定化されたものではなく、それまでどのような他者と巡り合い、いかなる関係性を結んできたかという「個人間の交差の経験」によって、グラデーションのように差異が生じる性質のものです。世論において「障害者=福祉の対象」というステレオタイプは未だ根強く残っています。公助や共助の制度設計が不可欠であることは大前提ですが、その枠組みだけで人間を規定することはできない。
多様な特性を持つ人々を、制度の客体としてではなく、独自の個性を備えた友人であり、隣人であり、対等な「個の人格」として捉え直す視座が求められています。これは理論として学ぶことではなく、多様な人々との交流を通して得る感覚でしょう。
真のインクルーシブ(包摂的)社会の実現への道筋は、制度の拡充のみで完結するものではありません。私たちが内なる障害観の偏執に気付き、多様な他者との具体的な接触と経験を積み重ねる中で、その意識の壁を解いていくこと。それこそが、今を生きる私たちに求められる課題ではないでしょうか。
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なお、過去の茨城論壇の記事は以下のリンクからご覧ください。
(広報室/2026年11月2日)